こんにちは, シンです.
最近周囲の一部からシンちゃんと呼ばれる機会が多く(このブログのお陰では全くない), 非常に嬉しい限りです笑
世の中もお盆休みとなり, 私も悲願の9連休を獲得しました!
というよりも, まず数ヶ月間全く本ブログを更新していなかったことをお詫びさせてください. 仕事のバタバタやら, 人間模様のバタバタやら, 資格勉強等で, 正直意識的に更新を避けておりました. リア友の何人からか, 読んでますよ!めっちゃ面白いです!みたいなありがたい御言葉を頂戴していたにも関わらず, 申し訳ないです. その間に, 大分ネタも貯まりましたよ. 今後はもう少し頻度を上げていきますので, もう少々お付き合いくださいませ.
さあ話は戻ってお盆について. せっかく9連休も取れたので, できれば海外旅行に繰り出したいところでしたが, 家庭とお財布の事情により家族で長野の田舎に来ています. 町づくり事業に関わっていたこともあり, いわゆる「作り込まれた田舎」があまり個人的には好きではないのですが, 同行者が好きなので結局毎年この長野の地に足を運ぶこととなっています. 元々は私の憧れの地ギリシャに行く予定だったのですが, 連れも居なくなってしまったことなので, 今回は国内に留まることにしました(お盆休みにANAでギリシャ行きのチケットを取ると40万くらいになるという驚愕の事実を目の当たりにし, 余裕で諦めました).

さあ話を本題に戻します. 今回は世に言う「働き方改革」について語っていきたいわけです. しかしながら, とは言ってもこのブログのタイトルに超有名小説のタイトルを使ってしまった以上, 「存在の耐えられない軽さ」について語らないわけにはいきませぬ.
『存在の耐えられない軽さ』は, 言わずと知れた,チェコの大名作家ミラン・クンデラの多分最も有名な小説です. そして私が読んだ集英社の1993年版の訳は, 我が外国語学習の師である千野栄一先生なのです!千野栄一先生の『外国語上達法』を高校生の時に読んでいなかったら, 外国語オンチの私が大学受験に受かることもなかったと思いますし, 今のように外国語を仕事で使う仕事には就けていなかったでしょう.
https://www.amazon.co.jp/外国語上達法-岩波新書-黄版-329-千野/dp/4004203295
ミラン・クンデラの作品の中では, 『不滅』が一番好きと言う方も多いようですが, 私は読んでいないので, まず入門として一番有名な本作を読むのがいいのかなと何となくオススメします.
https://www.amazon.co.jp/存在の耐えられない軽さ-集英社文庫-ミラン・クンデラ/dp/4087603512
「入門」とか「小説」とか申しましたが, 恐らくこの本作品は「入門」でもなければ「小説」と呼んで良いものなのか疑問です. なぜなら, 本作は私がこれまで読んだ数百の小説の中で, 最も難解な作品の一つだったからです. そして「小説」なのかすら疑問なくらい詩的で哲学的です. まあそもそもクンデラは詩人ですし. 普段解釈の仕方等がよく分からない時は, 松岡正剛先生の「千夜千冊」シリーズを参考にするのですが, 今回は全く参考になりませんでした. 松岡正剛先生は言わば読書のプロで, 高校生の時に安部公房の『砂の女』を読んでよく分からなかった時に参照して以来, たまにお世話になります. まあ私が読んだ小説を松岡先生が読んでいらっしゃらないことはほぼないので笑
以下リンクです
https://1000ya.isis.ne.jp/0360.html
今回上記以外にも色々参考にしましたが, still よく分からない笑 そのあと1度ちゃんと読み返したのに…
そもそも本作品ではクンデラ自身が作中にかなり出てきますし, 主人公のトマーシュを使って, クンデラが伝えたい世界観, クンデラが実装されるべきと思う世界観を, 小説という体裁を使って表現しているに過ぎない気がします.
恐らく本作は, 最初の「ニーチェの永劫回帰という考え方はニーチェ以外の哲学者を困惑させた」という一行と, 「だが, 本当に重さは恐ろしく, 軽さは美しいのだろうか?」という一行を見落とすと, 常に頭に入れながら読まないと, 完全にミスリードします. ただの社会意識の高い医者と, 小娘の一夏の恋→遠距離を乗り越えた長い美しい愛の物語♡ みたいなありきたりな解釈になります. ちなみに何が愛か, 良い愛かという問いは, 次回以降に持ち越します.
恐らくクンデラは本作を通してニーチェの永劫回帰論を否定し, さらに人生の重さ(重荷みたいなもの)最高じゃん!って言いたいのかなと思います. まずニーチェの永劫回帰論を, 人生が何回も繰り返されるのであれば, 今我らが必死に悩んだり考えたりしていることってめっちゃショボくね?軽くね?と解釈している様です. その上で, クンデラは人生は一回きりだ!だからこそ一つ一つの決断は重いものだ!と述べたいのかな.
ー逆に, 重荷がすっかりなくなってしまうと, 人間は空気よりも軽くなり, 飛び立って大地から, 地上の存在から遠ざかり, もうなかば現実のものではなくなって, その動きは自由であればあるほど無意味になってしまう. ー
と述べていることからも, 空っぽの人生, 空っぽの存在にならない為にも, 色々な重荷を背負って, 悩んで, 足掻いて, 考えて生きていこうよってことを要旨として伝えたいのかなと思います.
そうでなければ, 主人公のトマーシュが亡命先の(確か)チューリッヒで何不自由なく医者として生きていて, 政治的にも経済的にも精神的にも拘束されるプラハにわざわざ恋人のテレーザ追いかけて戻ってこないでしょ. 向こうでこれまで通りセフレとテキトーによろしくやってテキトーに上流階級っぽい生活楽しんでいれば良いでしょ. そもそも結構人間的に合わないんだし. 医者としての人生を捨ててまでテレーザとチェコの田舎に移り住むことないでしょ. すごく俗的なアウトプットになってしまいましたが, 彼が背負おうと決めたもの, 未来, そしてその後に歩むことに対する称賛を通して, クンデラは人生かくあるべし!と伝えたいのだと思います. あ, 私は称賛なんだと思いましたが, どの様に捉えるかは読者次第かも知れません.
いやあ, 今回ばかりは難し過ぎて確定的な表現があまりできず, 恥ずかしいす.
そもそもこのタイトルについて書こうと思ったきっかけが, 3月頃に私自身が人生で初めてプラハに行ったことにあります. 兄がチェコにかなり強い繋がりのある人なので, 以前から行ってみたかったのですが, やっと先般行くことができたのです. 特に兄が世界の橋で一番好きと行っていたカレル橋. そして当時の私にとってはかなり大きな意味を持っていたスメタナの世界観.


帰国してから兄と旅行のことを話して, チェコの空気感が分かりたかったら『存在の耐えられない軽さ』を読めよと言われ, 今に至るという感じです. ちなみに私はトマーシュたちとは逆に当時の彼女と破局して帰ってきてしまいました汗
いやあ, 場所自体は素晴らしかったのですが, 自分の取ったムーブに関しては悔いが残りますなあ. 本田圭佑リスペクトで, 反省はしても後悔はしないという姿勢を基本スタンスにしているのですが笑
いずれにしても, 仕事でも学生時代にしてもアジアと関わることが多かった私としては(というかほとんどアジア諸国しか行ったことない), ヨーロッパ良いなあと, すごくお花畑な感想を漠然と抱きました笑
次回も, ヨーロッパ繋がりで, Before Sunriseや, プラトン大先生のイデア論系を取り上げたいと思います. 前段で書いた, 何が愛か, みたいなのもその際に書けたらなあと思います. 一応学生時代古代ギリシア文学のゼミに入っていたので, そこそこ書くことがありそうです!あ, 働き方改革に関しては, 今回はもう疲れてしまったので, 次回以降に持ち越しです笑

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