カテゴリー: 古代ギリシャ

SNSって癌だな…

SNSって癌だな…

 こんばんは, シンです.
GWが暇すぎて浜辺で波に乗るか本を読むかみたいな生活をしており, またしても仕事には全く関係ない知識のアップデートをしてしまいました.
私は人生で迷走するとプラトン先生に答えを求めることが多いのですが, かなり昔にエロース(愛)について語った時のポストの内容は, 解釈が薄いながらもそこそこ間違ったことは言っていなかったという再確認になりました.

また上述の通りGWは暇すぎたので, 図らずも異性の方の色恋沙汰の相談を受ける機会が多くありました.
どうでも良い関係性の方もいますが, 相談してくれた方の一部はちゃんと友人なので表現はオブラートにしましたが, 以前ポストした「コスパ」や「消費」という言葉で少し過激気味に表現した内容が当てはまってしまっている方が多かったのが何とも残念でした…
駆け引きの中で, 戦略のレベルでどうも負けてしまっていることが多そうですね.
年上の女性の方が年下の女の子の相談に乗る時に若干無責任に「安売りしちゃダメよ, 男に追わせなきゃ」と言っている現場に遭遇したことのある方も多いと思いますが, マーケティング戦略で言うところのファン化させる工程を意識できている人が思ったより少ない印象です.
物やサービスを売りたいけど, ただ安く売りつける脳しかないと, 結局のところその人の悩みや人生を一緒に背負ってくれる対等な関係には近づけず, ただのイージーな消費者と生産者(と言うか消費される人)の関係しか築けないですよねという話でした.
GIVE&TAKEの概念を理解していない人は時間や体の安売りをして愛をGIVEしている気になっているのかも知れませんが, 人として相手に何かしらの価値を提供し, その人にプラスの効果をもたらせる可能性を感じさせられなければ(ファン化で言うところの共感させる力に近いです)ただのTAKERでしかないですし, それでは相手も人として向き合おうとは思わないよね, というのが恐らく人の心のリアルなところに近い気がします.
(と偉そうに相談に乗ったり, ここで語ったりしておりますが, 私も迷走中なのであまり正確性には自信ありません. ただ巷に溢れる頭の悪い恋愛コンサル的な人よりは納得してもらえることを言えていたつもりです笑)

昔欧州のどこかで撮ったエロース神の写真です.

 話は変わっているようで少し似た話なのですが, GW頃から業務利用の調査目的でInstagramのアカウントを復活させました.
約2週間ほど使い方を色々検討したり, 人々の行動特性を見ていたりしていましたが, やはりSNSって良くないですね…
以前からTwitterはやっていて, 主に学者の方や企業家の方のTweetを見ている中で, その人の論文やその他の創作物は凄くても, Twitterでの発言が極めて浅はかな内容になりがちな状況を嘆いてきました.
若者のバカッターは有名ですが, 案外Twitterの癌はむしろこちらの方かなと思っています.
若者のバカッターはネットがなかった時代からバカなことをする人がいて, ネット空間という身体の拡張性のある空間でもそれが可視化しているというくらいにしか捉えていませんが, 賢いと思われていた隠れバカが表層化しているのは, Twitterという瞬発力が求められる空間(ROM専の無名の人にはあまり関係ありませんが, そこそこの知名度の方にとっては瞬発力が求められることも多いと考えています)故に, 慎重な思考が抜けてしまって論理が破綻していたり過去の発言との一貫性が取れてなくなったりしている人が多くなっているというディストピアを生み出しています.

そしてInstagramにはまた独特の短所がありますね.
これはある探偵の発言を借りますが, 「見たくないものが見えてしまう」のと「その気になればストーカーが簡単にできてしまう」空間になっているみたいです.
簡単に解説します.
ある程度付き合いが長かったり仲が良かったりという関係性の中では, その人のある程度の行動パターンと思考のパターンは予想がつきますよね. それとStoryの投稿パターンをある程度ウォッチしていれば, 大体どこでどのような行動をしているか大方の検討がつけられるみたいです.
実際にあったらしい例を紹介します.
例えばAさんという人が恋人のBさんの行動をストークしたいという前提です.
Bさんは基本土日休みなので, 金夜と土夜にAさんと会わない時はどこで何をしているか不安になります.
Bさんは同性の友人と一緒にいる時は積極的にStoryにアップすることが多いですが, 何もアップしない週末もあります.
現在のコロナ禍という状況, 昼間はオフィス周りや自宅の写真を結構な頻度で上げるが夜には全く何もアップされないという投稿パターン, 誰かと一緒に飲んでいる写真を上げるほど浅はかではないだろうという思考パターン(コロナ禍で飲んでいることの風評という意味で)を鑑みて, ある金曜日の夜にAさんは, Bさんが異性と飲んだ後にホテルに向かった浮気の現場を突き止めたというお話でした.
どうです?私個人的には, 公開アカウントにしていることによって個人情報がダダ漏れになっている!という表面的な話よりも遥かにグロい話だなと思って聞いていました…

そしてこれが前段の話に繋がってきます.
リンクを貼った以前のポストでは, 「消費されている実態に気付きながら, 自ら消費されている人は賢い」と述べたのですが, どうやらこのSNS時代では必ずしもそうでもないみたいです.
実はこの話には続きがあります… そしてこの話はあまりにもグロすぎるのと文章で綴るのが難しいため, 詳細は述べません.
結論としてBさんは消費されている実態に気づきながら不貞を続けたわけですが, 暫く経って真面目な愛を育もうとしたけども, 不貞に生き続けた過去に足を引っ張られて, 結構な年齢になってからも消費される以外の道に進めていないんだとか…
何だか, 21世紀版の「痴人の愛」みたいなストーリーだなと思いながら, 鳥肌を立てて聞きました…
色々な教訓のありそうな話ですが, とりあえずそんな怖い世界の調査, SNSに慣れてもいないし, 本来調べたいことではないことにこんなに時間を使ってしまうような私にやらせないでくれという気分です笑
というよりも, 私よりももっと上手くSNSの世界で生き抜く適任がいる気がします…
怖い世界ですが, 愛のイデアを極めていきましょう

La petite mort

こんばんは, シンです.今回はタイトルが書きたい内容と一見関係なさそうに見えるのと, これを説明しないと意味の…

老害の正体

 こんばんは, シンです.気づけばもう6月でかなり暑くなってきましたね.まだまだクーラーはつけない予定ですが,…

ファミリーズ・プラン

 こんばんは, シンです.東京が緊急事態中で夜酒を飲む場所も限られてしまっているので, Airbnbで部屋を借…

es muss sein

es muss sein

 こんにちは, シンです.
最近やっとこのコロナ禍にしかできないことをいくつか見つけました.
まずは普通に落ち着いて勉強をすること, まあこれは当然.
最近は特に目的意識もなく, Twitterやネットサーフィンをしていて気になった言葉を掘り下げたり, 関連する言葉を延々と調べるくらいの姿勢になってしまっていて, 危機感を感じているので, これをどうにか目的のある勉強にしようと奮闘しています.
次に, 愛する飲食店をいくつか救うこと.
私にできるのは, いくらか知恵とお金を出すこと, そして何人かに協力を仰いで実行してもらうことくらい. ただそれだけで絶対に潰れて欲しくない愛する飲食店があと2ヶ月はトントンくらいで乗り切れるだろうとの結論に至りました.
数年前に少しだけライブストリーミングに関わったことがあったのがこんなところで活きるとは思いませんでした笑
夏くらいから本格的にまた営業スタートした際には, よりパワーアップしてたくさんの人の笑顔を作ってくれることでしょう!
ちなみに, ちょっと地方のあまり売れていないキャバクラの救済策を一緒に考えてくれとも言われたのですが, それは今のところ考えついていません…。
さて, 最後に打ちっぱなし
これはずっと実家に籠りっぱなしの今だからできるという単純な話.
仕事が終わってスーパーに買い出しに行った後に, 友人と1時間だけアイアンを振って帰るというルーティンができました.

 さあ冒頭が例によってかなり長くなってしまいましたが, ようやく本題に入っていきます.
本題に入る前にベートーヴェンを聴きましょう.

この曲を聴きながらお読みいただければ幸いです.

さて今回は「人生の尺度」について語っていきたいと思います.
日々生活していたら, 「自分は今何をすれば良いんだろうか」とか, 「今やっていることって正しいんだろうか」とか不安になることが多いと思うんです.
そんなこと思いもしない強き信念を持っている方なら良いのですが, 特にこういう時期でもあるので, 不安な方も多いと思います. 少なくとも私は少し色々不安になることは多いです.
ということで, そのヒントになるだろうことを少し書いていきます.

①まずはスティーブン・コヴィーの『7つの習慣』からのヒント.
この本の前半でしきりに言われている「死ぬ時に周囲にどんな影響を与えた人間でいたいか, どんな功績と共に死にたいか, ということを人生の価値観の尺度として, 毎日を生きろ」という言葉.
人生のゴールから逆算して, 今やっている仕事, 将来の自分の置かれた立場, 人付き合いなどが, その最終的に成りたい自分の為に必要だな, 自分の原則に合っているなと思ることはやる, 違うものにはタッチしなくて良いんだ, というモノサシを持つことが重要だと教えてくれます.

②次に私の大学時代の一番の研究テーマから.
基本的には①と少し似ています.
それは古代ギリシャの英雄的人間観と, 武士道から, 「如何に生きるか」というヒントをもらうという研究でした.
誰しも人生の指針として最後にどの様な終わり方をしたいかというゴールを見据えて生きるのが良いんだと改めて思いました.
如何に死ぬかということを考えることは, 逆説的に如何に生きるかに日々光を当てて生きていくことだと思うんです.
彼らは死と常に隣合わせの生活だったからこそ, いつ死んでも後悔のない様に, 日々ストイックに自分を高め, 自分にとっての名誉を追求することで善く生きようとしていました.
今これをやっていて, 名誉ある死を迎えられるだろうか…ということを考えて行動してみるのも良いかもしれませんね.

③そして最後に『存在の耐えられない軽さ』について.
タイトルにあるes muss seinという言葉は, この小説のなかに出てくる言葉で, 直訳すると「そうでなくてはならない!」という意味です.
この小説は私の兄曰く世界最高の小説なんですが(笑), 世界最高の名に恥じぬだけのあらゆるテーマが作品内に散りばめられています.
それこそ, フランツという登場人物が亡くなる際には, ①や②で言ったような, 死んだ時に何が残ったのか?ということも大きな疑問を投げかけてくれました.
そして主人公のトマーシュも, 人生で大きな決断をする際には, 常にこれは正しいのかということを考え続けていましたね.
自分の人生における究極的なes muss seinを決め, それを達成するために日々, 一瞬一瞬に◯◯しなくてはならない, △△はこうでなくてはならない, という様に小さなes muss seinを組み立てていき, 選択を繰り返して行くんだということを教えてくれます.
そしてこの小説の優れているというか, 示唆に富んでいるなと思うのは, 結局主人公含め, 登場人物がes muss seinを選ばずに生きていくことを選択することなんです.
ちょっとこれまでと言っていることと矛盾しているかも知れませんが, 別に彼らはes muss seinを選ばずに不幸になって死ぬ訳ではなく, es muss seinから開放されてむしろ幸せに生きていくのです.
主人公のトマーシュは元々医者だったので, チューリッヒでずっと医者として患者を治すことが使命でありes muss seinだと思っていた訳ですが, 結局チューリッヒでの生活を捨て, 社会的地位を捨て, 愛人(彼女なのか?)のテレザと共によく分からん田舎でひっそりと生きていくことを選びます.
そしてバイオリンとピアノの音に包まれてテレザの横で本当に幸せに死んでいく…
もしかしたら, トマーシュにとって使命だと, 人生の尺度だと, es muss seinだと思っていたものは実はes muss seinではなく, テレザとの人生こそes muss seinだと気付いたのかも知れませんね.
以前も存在の耐えられない軽さについては書いたのですが(そして今読み返すと非常に稚拙), また以前とは違う視点でこの小説を語れたのは非常に嬉しいです.

 冒頭での最近の私の行動のうち, 最初の二つの勉強と飲食店を救う行動は分かりやすくes muss seinっぽいなと思いますが, 打ちっぱなしはこのes muss seinからの開放に近い気がしています.
結局何が言いたいのか分からなくなって来ていますが, つまり(後々変わっていくかも知れませんが), 人生の尺度を持って生きましょう!それにしたがって日々の選択をしていきましょう!ということが伝われば幸いです.

今回の話とは全然関係ありませんが, 名探偵だからこそ, 不都合かつ悲しい真実に気付いてしまいました. コナンくんが言う通り, 「不可能な物を除外して言って残った物が…たとえどんなに信じられなくても…それが真相」な様です.
https://www.cmoa.jp/quotation/25327/

なぜリーダーはウソをつくのか

 こんにちは, シンです.
先日正倉院展を見てきました.
古代ギリシャ大好き人間としては, ヘレニズム時代の影響を受けた天平文化の多彩な顔色を見にきたつもりだったのですが, そういった意味では少し期待外れだったかも.

 少し話は逸れますが, 仕事関係で色々ありまして, しばらく満足に読書時間が取れなさそうです.
というのも資格をいくつか取る必要がありまして, 流石に色々あるのでそのための準備をしようかなと思っています.
特に語学なんかはそうなんですが, 考えてみたら暫く自分の語学力を証明するものを受けていなかったなあと思い, 今はやる気になっています. TOEICなんかも有効期限あるんですもんね. 会社で900点以上取ると報奨金がもらえるので, これは受けない理由はないですよね.

そんなこんなであまり読書ができなさそうなので, せめて今日読み終わった本について軽く紹介します.
『なぜリーダーはウソをつくのか-国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」』ジョン・J・ミアシャイマー 奥山真司訳
です.
https://www.amazon.co.jp/dp/4122065038/ref=pd_sbs_14_img_0/356-4562230-6947956?_encoding=UTF8&pd_rd_i=4122065038&pd_rd_r=5edf7202-e82a-419a-8943-c878cff50463&pd_rd_w=gm1ZK&pd_rd_wg=zB2XV&pf_rd_p=ca22fd73-0f1e-4b39-9917-c84a20b3f3a8&pf_rd_r=VXPP2HW5T56KTX8BH50J&psc=1&refRID=VXPP2HW5T56KTX8BH50J
タイトルが凄くセンセーショナルですよね笑
実は学生時代国際政治のゼミに入っていたので, 日本語訳が出る前に英語ver. は先に読んでおりました.
まあタイトルはWhy Leaders Lieなので, 本当にまんま訳した感じですね.
ミアシャイマーの英語は非常に簡単な言い回し, 単語を使ってくれるので, むしろ英語の方が読みやすいんですが, せっかく日本語訳が出たので理解を深めるためにも読んでみようかなと思いました.

 要旨というか, この本の重要な点は,
①基本的にリーダーのつくウソは, 国益に適うと思ってついたものである(一部自分の保身のための「自己中心的なウソ」もあるけど).
②リーダーのつくウソは, 他国を相手取ったものよりも自国民に対してのウソの方が圧倒的に多い.
ということです.

今回は国際政治で使われるウソについてですが, これって普段の生活にも応用できるのでは?と思っています.
考えてみれば確かに皆さんの周りでも同じ社内や部署内でら管理職の人がウソをついているケースの方が多いと感じませんか?情報を隠されたり(別ルートで知ってしまうことがほとんどですが笑), 元々やると言っていた計画が実行されなかったり,,, 濃淡の違いこそあれ, むしろ取引先のカウンターパートに対しては私もウソをついていないですし, 相手もだいたい守ってくれます.
この味方内でウソが横行しているのは, 自分の保身のためにウソをついているのか(つまりその上司がそれだけの器だということ), 隠した方が若いシンのためには良いだろうとか考えているのか, 分かりませんが, とりあえずかなり人間不信にはなりますよね.
本書にも書いてありますが, 確かに外部の人間よりも一般的に自分のリーダーのことは信用しやすい環境にはあるので, 騙しやすい前提条件が成り立っているんですよね. だからウソがバレにくいと考え, 簡単にウソをつくんですよね. おそらくどこの職場でもそんなこと起きていると思いますし, 別にそれで腐ったりはしないのですが, 気分は悪いなあ笑
その程度で俺を騙せると思うなよとは日々思っています.
皆さんも騙されないようにしないとですね!

 あ, 最近AerosmithのWhat It Takesという曲にどハマりしています.
切なすぎて死ぬので, 聴くときは覚悟が必要です.
歌詞を本当に見て欲しい!

プラトニックラブ

 お疲れ様です. シンです.
暫く更新できておりませんでした.
何と最近, 休日の半分ほどの時間を仕事に費やしているため, 中々仕事以外のインプットや, こういうアウトプットの機会を作れておりませんでした.
以前のブログ
https://sh1nk1ba.com/2019/08/16/%e5%90%8d%e6%8e%a2%e5%81%b5%e3%81%ae%e6%8e%9f/
でも少し触れたかと思いますが, 私はワークライフバランスとかどうでも良いと思っていて, むしろワークアズライフの考え方の方が近いので, 別にずっと仕事しているのは問題ないのですが(もちろん仕事が好きという前提があるわけですが), 自己成長させる時間を作れていないのは問題だなあとしみじみ感じています.
仕事関係の飲み会は少なくとも減らしたい…単純に今月, 肝臓が悲鳴をあげているので笑

 さあやっとプラトニックラブについて書きます.
以前https://sh1nk1ba.com/2019/09/09/%e3%82%a8%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%82%b9%e6%84%9b%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/
エロースについて書きましたが, 今回はその話を受けてのポストになります. 
前回ポストでは, おっさんと少年の間の愛が一番エロい!と書きましたが, なぜあれが一番エロいのか, 最上の愛なのか.
答えは単純で, 両者の間に「知の交換」があるからです.
おっさんはおっさんの知識や経験から培った処世術のようなものを教える, そして少年は崇拝や美を捧げる.
そしてその知のやり取りから, 愛のイデアを感じる.
ここでいうイデアというのは, 簡単に言うと神々の世界, 愛そのものであり, 美そのものです.
人間界のそこら辺に転がっている俗的な意味の愛ではなく, 愛そのもの. 人間がかつては全きもの(神に限りなく近い)存在であったとされており, それに対する情景と追及をするものなんですね.
そしてイデア界を見ることができるのが哲人たち. そのイデア界への憧れを忘れず, そこに近づこうとするからこそ, 賢くなろう!と言う発想なんです. そして賢さこそがエロス(愛)なんだ!という発想になります. つまり賢さ≒愛なんです. 
プラトニックラブは, 学の足らない現代日本人の間だと, 手も繋がない, キスもしない, セックスもしない愛という風に勘違いされていますが, 重要なのは肉体関係があるかどうかではなく, 知のやり取りがどれだけあるか.
肉欲が最初に来るのはもちろん良くないですが, 実際古代ギリシャのおっさんと少年は結構やりまくってたみたいだし笑

 かなり時間が経ってしまいましたが, 私がこれについて書きたくなったのは, “Before Sunrise”という映画を観て, プラトニックラブに近い愛のカタチを感じたからです.

言わずと知れた3部作ですが, 私は3作の中でダントツでこれが好きです.
電車内で会った若い男女二人が, 突然ウィーンで降りて, ひたすらべちゃくちゃ喋りながら夜更けのウィーンの街中を明け方まで歩き続けるだけ, という映画です.
「だけ」というとつまらなそうに聞こえますが, ウィーンの荘厳な街並みが作り出すミステリアスな雰囲気と相まって, 本当にキュンとくる映画です.
ウィーンの街に辛い思い出がある私がここまで褒めるんですから, 間違いないです!笑 ←詳しくは語らないですが…
ここで大事なのは, 二人はただただ好きな本や死後の世界, 音楽などについて話しているだけなんです. 別に趣味がすごく合うわけでもなく, むしろほとんどお互いの意見を言って少し議論した後に別の話題にいく… (あ, ちなみに最後の方でヤっちゃってます笑, まあ何度も言っているようにそこは大事ではないですが)
でもとてもそこで交わされる会話の中に, なぜか二人の間にあるとても美しい愛を感じるんです. そこで感じたんです, あーこういうのが, 知のやり取りから開けてる愛のイデアなのかなーみたいな.
実際イデアって言われても実感湧かないじゃないですか, 頭では理解できても, 別に感情的には納得できていないみたいな.
でもこの映画を観て, 若干プラトニックラブを, イデア論を心で捉えることができたような気がしました.
本作はベルリン国際映画祭でBest director賞を受賞しており, 各方面からとても高い評価を受けているのですが(そもそもこう評価じゃなきゃ3部作にならないですし), この映画が評価されるのってすごいなあ, 聴衆の目は肥えているなあと実感しました. 
本当にアメコミみたいなキャッチーなカッコよさとか感動ポルノ的な要素全くないんですよ. まあウィーンはロマンティックだけどさ…私以外には…
これが日本でのみリリースされていたら, どれだけの興行的成功を納めていたのかなあ…まあ売れても, 街並み素敵~とか, ロマンティック~とかいうティーネイジャー的評価しか受けられなかった気がします…

 ということで, みなさん一緒にトゥルーラブを見つける旅を頑張りましょう!

仕事に没頭することが最適解である

 どうも, シンです.
絶対に逃げないために, 前回ポストのタイトルを「エロースについて」としたのにもかかわらず, 結局面倒くさくなってしまいました. 弱き漢よ笑
そしてどうでも良いですが, 最近Apple製品のAir Dropの機能って本当に最強だよなと実感しています. 元々Apple信者ですが.
ケータイが壊れてしまったので, このMacと社用ケータイ, 知り合いからもらった予備のiPhoneでどうにか生きているのですが, 全てAir Dropのおかげでデータ共有が楽にできるからだと思っています.

この有様ですよ泣

 それよりも, まずい報告です.ついに来てしまいました, ヤツが.
数年前に罹り, 毎年1回or2回襲ってくる持病が.普段は朝起きたら罹っていることが多いのですが, 今回は日中に何の前触れもなく来てしまいました.
毎年1〜2週間くらいで治るんですが, あれ重いんよなあー…
せっかく横浜音祭り始まるのに, 明後日バスケの大会なのに, タイミング悪し…
確か昨年もほぼ同じ時期だったなあ.勝手にアスペルガー症候群の姪っ子みたいな病気やろと認識するようにしているんですが, 多分これに罹らなければ, 学生時代に障害児に関わるバイトをすることもなかっただろうなあと思います. 
実際アスペルガー症候群の子や自閉症の子, ダウン症の子たちに学ぶことは多かったです. 
今のところ何も解決策を見出せていないのですが, それは恐らく自分の勉強不足.
まあある程度認識できて飼い慣らすことが出来るようになっただけでも良いか.
治るまでは, 多分結局仕事に没頭することが最適解であることだけ理解しているので, パフォーマンスを発揮していきます. 
凄いんですよね, やる気は全く上がらないのに, コンセントレーションだけめっちゃ上がるんですよ. 
しかも普段飛び回ったり, 動き回ってることでパフォーマンス出していくタイプなはずなのに, こういう時はじっくり分析系の仕事の方ができるんですよ.
行動力あるよねーとかは昔からよく言われるんですが, 案外考える系, というか分析系の仕事の方が合っているのかも.
大学生の時に勉強癖つけておいて良かった…
そしてまあ幸せではあるんですよね, 今日も既に本2冊も読めたし.

 さあ話変わりまして, やっとエロースについて語っていきます.
多分今回だけでは終わらない気がします.
まず古代ギリシャの時代におけるエロースについて.
この古代ギリシャの性愛に関しては, 現代においてジェンダーとかクイア論を信奉していたり, LGBTQ支持の論者の人たちが好んで引用するんですが, まあ多分この古代ギリシャの前提となる世界観を理解して引用している学者は少ないと思っています.
なぜ彼らがこぞって古代ギリシャの性愛を取り上げるかと言うと, 彼らが同性愛と異性愛を同列に語っていたからです.
『饗宴』において, かの有名な喜劇作家アリストファネスは人類の歴史について語ります.
まあ科学的に考えればおかしな話ではありますが, 当時男と女とともに, 男女(おめ)と呼ばれる, 手も足も4本ずつの生き物がいたんだとか.
しかし人間たちが神々に対して不敬な態度を取りまくるもんだから, 神々の親玉のゼウスが怒って二つに分けてしまったらしい.
だから人間は自分の片割れたる半身を求め続ける, それも男女とか関係なく, とりあえず相手を求めたがる.
半身になってしまった不完全なる自分が, 完全なる存在になるために.アリストファネスが神話的に語った話で大事なことは, とにかく同性愛と異性愛を同列に語ったことなんですね.
男は太陽から, 女は地球から, その両性を兼備したものは月から生まれたものらしく, どういう愛だろうが, それはそれらの神々の交わりなんだぞ. ってな感じかな.
だから男が女を求めるも良し, 男が男を求めるも良し.
むしろ古代ギリシャで良い感じのおじさんになるにはゲイじゃないとダメだったんですね.これには色々別の文脈もあるので後述します.

 この考えには落とし穴もあって, あまり指摘されていないんですが, この男女(おめ)や同性愛は当時の『饗宴』が描かれた時点で既に少しバカにされる風潮にあったんですね. というかバカにする人が少なからず存在した.
だから, 当時のギリシャでは同性愛が推奨されていたんだ!現代の私たちも彼らと同じように同性愛を認めよう!と手放しに喜んで同性愛最高!って言うのは当時の世相をあまり反映していない気がします.

 さあ次に同性愛, と言うか徳のある良い感じのおじさんと少年の間の愛, いわゆる有名な少年愛について語っていきます.
これが当時最上の愛のカタチだと思われていた節があるんですね.
徳のあるおじさんは, その徳を将来有望な美しい少年に伝えないといけない.
勇気, 忍耐, 自己節制, 大胆さ, 知性などの徳を教えるのは, おじさん→美少年じゃないとダメなんだ!という論です.
むしろおじさんが女性とエッチする, 子供作るっていうのは多少苦痛だけど, 仕方なしにやってる節があるんだ, みたいなニュアンスで思っていた人もかなり多かったでしょう.
まあつまり当時の徳のあるおじさんたちは, 厳密にはゲイではなく, 両刀使いだったんですね.
いずれにしてもひどく男性社会的というか, 女性蔑視的な世界観ですよね.
これは戦争ばっかやっていた当時を考えれば, 男性的になるのも分からなくはないかな, 古代ローマでも日本の戦国時代も似たようなものなので.
世界三大戦略学者の一人, エドワード・ルトワックは, 「(性的な意味で)堕落の原因になる女性を軍隊に絶対入れるな!」と言っているのですが, もしこの古代ギリシャの人々が本当に上記のような思想を持っていたなら, 古代ギリシャに限っては女性が軍隊に入っても問題なさそうな気もしてきますね. 筋力的なハードルさえなければ.

本棚にちょこんと置いてある, 将軍ペリクレスの置物.
ギリシャ土産.

 私いつも, クイア論者は置いといても, ジェンダー論者というかフェミニストが古代ギリシャが好きな理由が全然分からないんですよね.
古代ギリシャの文化が花開いたB.C. 5th~4thらへんって, とんでもない男性中心社会ですからね.
たまに『女の議会』みたいな作品が描かれて, 活き活きとした女性像が提示されることはありますけど, 別にそれ, アテーナイ全体とかギリシャ全体でそうだったわけではないですからね. スパルタとか多分ヤバかったと思いますよ. マジで男性中心でしか動いてない笑

 少年愛のバックグラウンドやばくねって話を散々しましたが, この少年愛には非常に重要な示唆が二つあると思うんですね.
古代ギリシャの人たちが教育に非常に力を入れていた(カタチはどうであれ)ことと, 本当の愛とは何かという話です.
ここから, なんでお互いにそんな少年愛が成立できたんだって話から, イデア論に飛んでいきます.
この, おじさんと少年の間に何があったかと言うと, 「俺にはこんなに徳があるんだぞ!知恵があるんだぞ!」→「このおじさん良いなあ(少年にも断る権利があるので)」→「このおじさんと仲良くしとけば, 色々教えてもらえるし将来良い徳が身につくかも知れないな!権力の中枢にもいけるかも知れないし!」→「徳とはつまり, 〇〇〇〇〇なんだぞ!分かったか?(パンパンパンパン)」みたいな感じで, セックス込みで教育していくわけです笑
性的な音楽性の違いは私とは合わない気がしますが, とりあえずこの二人の間には, 高尚な徳や知性のやり取りがあったわけです. これが大事.
プラトニックラブという言葉を聞いたことがある人は多いと思いますが, あれは単にキスをしない, セックスしない恋みたいな意味ではないんですよ笑
なんかまた書くの面倒臭くなってきたので, 続きは次回!笑
プラトニックラブとエロス神への信仰あたりを.
あとBefore Sunriseらへん.

 

エロース(愛)について

 はい皆さんこんにちは!シンです.
昨日の台風凄かったですね, 音がすご過ぎてほぼ寝られませんでした, 同僚から電話がかかってくるまで笑
なんか台風の被害で交通機関が止まってしまったので, 自宅で仕事することにしました. 普通に仕事していますが, 何となく思わぬ休暇的な雰囲気に気が抜けます.

 さあ今回はブリッジとかなしに, ズバリタイトルについて語っていきたいと思います. いつもブリッジの話をし過ぎて本題書くの面倒臭くなってしまうので笑
 先月「答えのないお題に集まる人々の会」に参加してきました.
彼らはその集まりのことを「哲学カフェ」と呼んでいました. 生きるって何や, 国って何や, 魂って何や, 幸せって何や, 愛って何や…と言うことを延々と話ていました. 一人一人が断片的に思うことを述べていくただのシェアリングセッションみたいな感じでした.
うーん,,,別に歴史上の哲学者の引用等をするでもなく, ただ思いついたことをポツポツとシェアしていくだけの集まりだったので, 正直私には物足りなかったです.
そもそも哲学って, ユニバーサルな答えがあるかは分からないけど, 過去の事例や別の観点の思考を入れて, 自分なりの答えを出すものだと思いますし, それがビジネスでも, 全く違う分野の学問でも, 全ての思想や情熱をかけて行うもののバックボーンにするものだと思うんですね. だからその人たちの集まりにはあまり賛同できませんでした.

 まあその中でも幸せって何や, というお題と愛って何やというお題はかなり盛り上がりました.
参加者の一人が『また, 同じ夢を見ていた』という住野よる先生の本を最近読んだらしく, そこから学んだこととして,
「幸せとは, 誰かのことを真剣に考えられるということだ」
「幸せとは, 今私は幸せだったって, 言えることだ(過去を思い返して)」
「幸せとは, 自分が嬉しく感じたり楽しく感じたり, 大切な人を大事にしたり, 自分のことを大事にしたり, そういった行動や言葉を, 自分の意思で選べることです」
ということをシェアしてくれました.
今日思わぬ休暇だったので, この作品全部読破しました笑

https://www.amazon.co.jp/また、同じ夢を見ていた-住野-よる/dp/4575239453

住野よる先生は, 言わずと知れた『君の膵臓をたべたい』の著者ですが, めっちゃ読みやすくて面白いので, 最近の作家さんの中でもポップに好きです.
今回のはストーリー的には若干『野ブタ。をプロデュース』に似ていますが, それよりもファンタジー要素も, 学びも, 感動もあったかな.
上記どれも正解だろうなあ(私個人の感情として)と思いますが, 一番納得するのは一番下ですね. そりゃ小説のまとめだから, 間違いないんですけど笑
でも一番上のにもとても共感するんですよね. 私にとっては, 「大切な人が幸せを感じていること. 願わくば僕の傍で」が数年前に気づいた幸せです.
幸せの形は人によっても, その時によっても違うと思うので, ここにはあえて深入りしないでおきますね.

 さあ続いて, エロース(愛)って何やってことについて語っていきたいと思います. 私は古代ギリシアの世界観が好きなので, 主に今回は古代ギリシアを下敷きにして論じていきます.
基本的にはプラトン先生の『饗宴』を土台に, 度々『パイドロス』『国家』について触れます.
『メノン』も良いらしいのですが, 私は読んでいないので逃げます笑
https://www.amazon.co.jp/饗宴-岩波文庫-プラトン/dp/4003360133



あ, 途中ですが, 面倒臭くなったのでとりあえずポストします笑

最期の川

 こんにちは, シンです.
8月も終わりに差し掛かり, 夏の終わりのハーモニーを感じております.
去年, 一昨年は結構夏祭りやら花火やら行ったのに, 今年は一回も行けず仕舞いでした. 残念です. せめて調布くらい行きたいな, 昨年に続いて.

 一昨日非常に興味深い記事を見つけましたので, 以下に貼り付けます.
http://agora-web.jp/archives/2041220.html
なんでも, オーストリアの最大右翼勢力のMartin Sellner氏が, 三島由紀夫のファンだとのことです. この記事を読む限り, そしてちょこちょこ調べている限り, 三島由紀夫の文化的思想等は抜きに, 三島事件と安全保障観の一部にのみ共鳴して(というか著作読んだことなさそう笑)三島ファンだと公言しているみたいです.
自身の運営するPhalanx Europaというe-commerceサイトでは, いくつか三島グッズが売っているそうです.
https://phalanx-europa.com/en/poster/96-poster-mishima.html
phalanx(ファランクス)は古代ギリシャの重装歩兵軍団のことで, Europa(エウロパ)は言わずと知れたヨーロッパの名前の元になった, ギリシア神話に出てくる女神の名前. エウロパはそのラテン語読みです. まあ簡単に言うとヨーロッパで団結しようぜ!という団体であることが名前からも簡単に分かりますよね. まあイスラム教徒排斥運動等に大きく関わっているとされているalt-right系の団体です.
三島由紀夫の思想的バックボーンには明らかに古代ギリシア, 古代ローマの世界観の憧れがあるので, 確かに古代ギリシア語やラテン語から名前を取っているSellner氏とは少し似たようなところもあるかも知れないですね. ちなみに三島由紀夫のギリシア・ローマへの憧れは, 各作品やインタビュー等にちょこちょこ出てくるのですが, 一番はっきり出ているのは『アポロの杯』という紀行文かなと思います.
この旅を境に三島由紀夫の肉体と国家観には大きな変化が出てきます.
まだそんなに詳しく調べていないので何とも言えませんが, Sellner氏のように現在30歳という若さで, ティーネイジャーの時から活動家をやっている人って, 分析的思考とかできるんですか?なんか浅そう, って思ってしまうんですが, これ言ったらオーストリアのalt-rightから袋叩きになる?笑
Henry MillerやDamian Flanaganレベルに三島に対する洞察ができているとは思えません.
というか, ちょっと私とは音楽性が違い過ぎて想像がつきません笑

 さあ話変わりまして, タイトルの『最期の川』について, すっごく軽く触れます.
https://www.amazon.co.jp/象の背中-秋元-康/dp/4594050565
これはCHEMISTRYの名曲で映画『象の背中』のタイアップ曲となっております.
原作は秋元康氏の同名小説なのですが, 高校生の時に何気なく読んで多少感動しました. まあそれよりも主題歌の方に魅了されてしまいました笑 とにかく歌詞と作品の内容が本当にあっているんですよね. どちらも秋元さんが書いているので当然ですが.
余命宣告されたお父さんと残された家族が, 歩んできた軌跡を振り返り, そして死を受け入れて最期まで寄りそって生きる, 感動ストーリーです. 愛人と妻の対面のシーン, 長男の俊介と親父のやりとりはユニバーサルに良いと思います.

私も死ぬ時に大切な人に対して,

「しあわせだった?」なんて聞かないでくれ 愛しき人
腕に抱きしめて 僕が聞きたいよ 君がしあわせだったか?
姿かたち見えなくても きっと君は感じる
目を閉じれば 懐かしいぬくもり
そう 孤独を包む 僕は陽射しなる
なにも悔いはない 生まれてよかった
心から ありがとう

って言える男でありたいなあと思います.

 別に主人公モードに入っちゃったわけではなく, 本当は前回の「答えのない議題に集まる人々」の続きのブリッジにしようと思っていたんですが, またしても書くのが面倒臭くなってしまったので, 今回はここまで笑
まあ古代ギリシャ愛好家としては, どうやって死ぬかとかは常に考えている話題なんですよね. またちゃんと機会を見つけて書きます!